2018年11月06日

第12SS装甲師団 ヒトラーユーゲント(12.SS-Panzer-Division Hitlerjugend)


第12SS装甲師団 ヒトラーユーゲント
12.SS-Panzer-Division Hitlerjugend

http://www.youtube.com/watch?v=ICy1Boieypc

第12SS装甲師団 ヒトラーユーゲント(12.SS-Panzer-Division Hitlerjugend)
ナチス・ドイツの武装親衛隊に所属した師団のひとつである。師団の通称からもわかるように、青少年団体「ヒトラーユーゲント」から選抜された青年を中心に構成された師団であった。ドイツ人のみで編成された武装SS師団としては最後のもので、下級兵士の大半が16歳以上の未成年で構成されていた。第二次世界大戦末期、ノルマンディー上陸作戦に伴うフランスでの戦闘、バルジの戦い、春の目覚め作戦などに参加した。
1943年6月1日編成
同師団の編成情報を入手した連合国軍は、哺乳瓶を師団マークにした宣伝ビラを撒くなど、完全な二線級部隊と決め付けていたが、やがてそれが大きな間違いであることを身をもって知らされることとなる。
ノルマンディー上陸作戦が開始された時、第12SS装甲師団と第21装甲師団は上陸地点の一番近くに配置されていた装甲師団だった。しかしヒトラーの了解がなかなか得られなかったため、上陸してきた連合軍に対して反撃を開始できたのは上陸から16時間もたってからであった。この反撃は結果的に失敗に終わり、ノルマンディー地区のドイツ軍は防戦に転ずるが、そこで第12SS装甲師団は真価を発揮する事となる。
ノルマンディー地方では交通の要所であるため、最重要都市のひとつであるカーン市の周辺に展開した第12SS装甲師団は、そこで超人的とも言える防戦を展開した。
第12SS装甲師団はカーン周辺から撤退した後リュティヒ作戦に投入され、その結果生じたファレーズ包囲網では最後まで残って他の部隊を逃がすために戦ったため、消耗し壊滅状態となった。
1944年12月のバルジの戦いでは、第1SS装甲師団と共に第6装甲軍の主力として参加したが、エルゼンボルン尾根に阻まれ第1SS装甲師団との併進に失敗し、第1SS装甲師団主力は壊滅した。
1945年3月には春の目覚め作戦に投入されたが、再び壊滅した。残存兵力はオーストリアに転進し、1945年5月8日、リンツ南東において米軍に降伏した。最終的な兵力は僅か455名で、戦車などの重装備は失われていた。

平成27年度 海上自衛隊 観艦式 2015年10月18日(日)
平成27年度 海上自衛隊 観艦式
世界と日本の積極的平和を担うべく海上自衛隊の主力艦艇が一般公開のもと、その勇壮な姿を披露。日本最大の護衛艦「いずも」を始め、米国海軍の空母ロナルド・レーガンも参加した。
観艦式
日本における観艦式の起源は、明治元年3月26日(1868年)に大阪の天保山の沖において行われたものである。この時は、明治天皇が陸上から観閲し、受閲艦艇は日本の6隻及びフランス海軍の1隻で、受閲艦艇の総指揮官は旗艦電流丸(佐賀藩)に座乗した石井忠亮海軍中佐であった。
戦前には、観艦式は明治元年に天保山沖で行なわれたものから数えて全部で18回行なわれた。特に、1905年(明治38年)の東京湾凱旋観艦式(日露戦争凱旋観艦式)と、1928年(昭和3年)の昭和天皇の即位の大礼に伴う観艦式は、連合艦隊に加え、外国の軍艦も参加する盛大なものであった。
太平洋戦争後は海軍解体に伴い途絶えていたが、1957年(昭和32年)10月2日、海上自衛隊により東京湾において再開された。その後、1973年(昭和48年)まではほぼ毎年実施されていたが、オイルショックのためこの年を最後に中止された。1981年(昭和56年)に復活し、それ以後はほぼ3年おきに行なわれている。

パンツァー・リート - Panzerlied -
パンツァー・リート - Panzerlied -
アドルフ・ホフマン(Adolf Hoffmann)作曲、クルト・ヴィーレ(Kurt Wiehle)作詞。
親衛隊歌集(ドイツ武装親衛隊 Waffen-SS 軍歌)
戦後もドイツ連邦陸軍で歌詞を一部変更しながら歌われていたが、ドイツ連邦軍の歌集に親衛隊の歌が収録されているのは問題であるという指摘がなされ、やがて歌われなくなった。
2006年、ドイツ連邦軍の参謀総長が来日した際、自衛隊の音楽隊はこの歌を歓迎会で原語の歌唱付きで演奏し遠来の賓客を驚かせた。
これ以後、陸上自衛隊音楽隊では「パンツァーリート」を演奏するようになり、第1師団の音楽隊や、東部方面音楽隊がこの曲を定期演奏会で何度か演奏した。

ドイツ国防軍陸軍 第503重戦車大隊(ティーガーII重戦車大隊) - Schwere PanzerAbteilung 503 -
第503重戦車大隊(ティーガーII重戦車大隊)
- Schwere PanzerAbteilung 503 -
(フェルトヘルンハレ重戦車大隊)
陸軍直轄独立部隊

ドイツ国防軍陸軍 第503重戦車大隊
第503重戦車大隊(Schwere Panzer-Abteilung 503)は、ドイツ国防軍陸軍に存在した重戦車大隊である。他の部隊とは異なり、どこの上級部隊にも属さない陸軍直轄の独立大隊として運用された。
第503重戦車大隊は1942年5月4日に組織された。1944年4月カメネツ=ポドリスキー包囲戦後、第503重戦車大隊は45両のティーガーIIを受領し、再編が図られた。
1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦を受けて、第503重戦車大隊は第5装甲軍の麾下となった。連合軍のグッドウッド作戦では、大隊の第3中隊を中心に作戦初日で13両の戦車を失う大きな損害を被っている。7月に第3中隊は新たなティーガーIIを受領したが、そのティーガーIIも連合軍に次々撃破され、ドイツ本国に帰還したのは僅かに2両であった。9月、部隊を再編した大隊はデブレツェンの戦いに従軍し、12月にはブダペストでの防衛任務に当たった。

アルテ・カマラーデン (旧友 ドイツ軍行進曲・軍歌) - Alte Kameraden Marsch -
アルテ・カマラーデン (旧友 ドイツ軍行進曲・軍歌)
アルテ・カマラーデン(旧友 Alte Kameraden)は1889年にカール・タイケが作曲した、ドイツを代表する軍隊行進曲である。
ドイツのみならず世界中で知られドイツを代表する行進曲となっている。日本においても運動会やテレビ・ラジオで放送されるスポーツ番組のBGMなどでよく耳にする機会がある行進曲の一つである。

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