2018年11月17日

ミハエル・ヴィットマン 最終軍歴 第1SS装甲師団 第101重戦車大隊 大隊長(SS大尉)


ミハエル・ヴィットマン
最終軍歴 第1SS装甲師団 第101重戦車大隊 大隊長(SS大尉)

http://www.youtube.com/watch?v=8NixSuUy5gE

ミハエル・ヴィットマン
最終軍歴 第1SS装甲師団 第101重戦車大隊 大隊長(SS大尉)
(Michael Wittmann 1914年4月22日 - 1944年8月8日)
最終撃破数 戦車138両、対戦車砲132門

1941年7月ウマーニ包囲戦
III号突撃砲A型
ヴィットマンは16両の戦車と会敵、地形を巧妙に利用して一方的に攻撃し、6両の戦車を撃破した。功績は高く評価され、第二級鉄十字章を受章、その後も確実に戦果を上げていった。

1942年7月 ヴィットマンは、バート・テルツ親衛隊士官学校 (SS-Junkerschule Bad Tolz) に入校。
1942年12月 ヴィットマンは将校教育を修了し、親衛隊少尉に任官、LSSAH師団のSS第1戦車連隊第13中隊に配属され、新型のVI号戦車ティーガーIを受領した。

1943年7月 プロホロフカ戦車戦
ティーガーI型 1331号車
ヴィットマンとSS第1戦車連隊第13中隊は、約40両のソ連戦車を撃破。

1944年2月2日ヴィットマンは総統大本営にてヒトラー本人から、柏葉付騎士鉄十字章を拝領し、合わせてSS中尉に昇進した。

ヴィレル・ボカージュの戦い
ティーガーI型 222号車
1944年6月13日にカーン市の側面への迂回突破を図るイギリス第7機甲師団(アフリカ戦線でロンメルの主敵であった「砂漠の鼠」)の先鋒戦車部隊がヴィレル・ボカージュに差し掛かり、休息のために停止した。これを知ったヴィットマンは、直ちに単独攻撃を決意。
ヴィットマンは単独でヴィレル・ボカージュの戦いの幕を切った。この街の南側から奇襲をかけ、攻撃開始と同時に3両の戦車を撃破。その後、東方の213高地へ生垣を遮蔽物としながら街道上の車列を攻撃、6両の戦車、10両の装甲兵員輸送車(ハーフトラック)、4両の装甲車、2門の対戦車砲を撃破した。
213高地で第2中隊の戦車と合流すると、再びヴィレル・ボカージュへ向かった。市街に入ったところで3両の戦車と指揮戦車を撃破。ここでイギリス軍の対戦車砲による攻撃を受け、行動不能となったため、ヴィットマンたちは脱出した。
ヴィットマン自身は、戦闘で27両の車両を撃破した。6月25日に総統官邸に出頭したヴィットマンにヒトラーはみずからヴィレル・ボカージュの功績により柏葉剣付騎士鉄十字章を授与した。これに合わせてSS大尉に昇進しSS第101重戦車大隊長に任命された。

ミハエル・ヴィットマンの最期
ティーガーI型 007号車
1944年8月8日、ヴィットマンの第2中隊は友軍の後退を援護するためサントーへ向けて出撃した。乗車はティーガー007号車である。12時40分頃、007号車を含める4両のティーガーは前進中に国道158号線で敵軍の対戦車砲に攻撃された、交戦する間も無く3両が撃破され、007号車も車体側面にシャーマン ファイアフライの直撃弾を受け大破炎上、ヴィットマンらは戦死した。この日、新入りだった若い将校のため、わざわざ大隊長の彼がサポート役を買って出て同行していた。

第三次ハリコフ攻防戦 1943年1月 第ISS装甲軍団
第ISS装甲軍団(SS PANZER KORPS)
第1SS装甲師団 ライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー(1.SS-Panzer-Division Leibstandarte SS Adolf Hitler)
第2SS装甲師団 ダス・ライヒ(2.SS-Panzer-Division Das Reich)
第3SS装甲師団 トーテンコプフ(3.SS-Panzer-Division Totenkopf)

第三次ハリコフ攻防戦
第三次ハリコフ攻防戦は、1943年1月から3月まで、ハリコフを中心にウクライナで行われたドイツ軍と赤軍との戦闘。
ソ連軍の大攻勢に対して、ドイツ軍はマンシュタインの機動防御戦による反撃により東部戦線南部は崩壊を免れた。「マンシュタインのバックハンドブロウ(後手からの一撃)」の異名を取り、機動防御戦の教科書として戦史上極めて重要な戦闘の一つに数えられている。
ドイツ軍は、ウクライナの解放を目指すソ連ヴォロネジ方面軍・南西方面軍・南方面軍の大攻勢に押し込まれたが、反撃に成功しクルスクを中心としたソ連側の突出部が形成された。
第ISS装甲軍団は第1SS装甲師団、第2SS装甲師団、第3SS装甲師団から構成されていた。
SSの師団は一般的には他の師団より状態が良く、150台の戦車と自走砲大隊を持ち、歩兵と偵察部隊はトラックにより自動化され、19,000名の編成で構成されていた。この時、ドイツ戦車の大半が未だにIII号戦車とIV号戦車によって構成されていたが、第2SS装甲師団にはティーガーIが配備された。
SS装甲軍団はパウル・ハウサー将軍によって指揮されていた。ハウサーは第3SS装甲師団の指揮官でもあった。

第12SS装甲師団 ヒトラーユーゲント(12.SS-Panzer-Division Hitlerjugend)
ナチス・ドイツの武装親衛隊に所属した師団のひとつである。師団の通称からもわかるように、青少年団体「ヒトラーユーゲント」から選抜された青年を中心に構成された師団であった。ドイツ人のみで編成された武装SS師団としては最後のもので、下級兵士の大半が16歳以上の未成年で構成されていた。第二次世界大戦末期、ノルマンディー上陸作戦に伴うフランスでの戦闘、バルジの戦い、春の目覚め作戦などに参加した。

1943年6月1日編成
同師団の編成情報を入手した連合国軍は、哺乳瓶を師団マークにした宣伝ビラを撒くなど、完全な二線級部隊と決め付けていたが、やがてそれが大きな間違いであることを身をもって知らされることとなる。
ノルマンディー上陸作戦が開始された時、第12SS装甲師団と第21装甲師団は上陸地点の一番近くに配置されていた装甲師団だった。しかしヒトラーの了解がなかなか得られなかったため、上陸してきた連合軍に対して反撃を開始できたのは上陸から16時間もたってからであった。この反撃は結果的に失敗に終わり、ノルマンディー地区のドイツ軍は防戦に転ずるが、そこで第12SS装甲師団は真価を発揮する事となる。
ノルマンディー地方では交通の要所であるため、最重要都市のひとつであるカーン市の周辺に展開した第12SS装甲師団は、そこで超人的とも言える防戦を展開した。
第12SS装甲師団はカーン周辺から撤退した後リュティヒ作戦に投入され、その結果生じたファレーズ包囲網では最後まで残って他の部隊を逃がすために戦ったため、消耗し壊滅状態となった。
1944年12月のバルジの戦いでは、第1SS装甲師団と共に第6装甲軍の主力として参加したが、エルゼンボルン尾根に阻まれ第1SS装甲師団との併進に失敗し、第1SS装甲師団主力は壊滅した。
1945年3月には春の目覚め作戦に投入されたが、再び壊滅した。残存兵力はオーストリアに転進し、1945年5月8日、リンツ南東において米軍に降伏した。最終的な兵力は僅か455名で、戦車などの重装備は失われていた。

ドイツ国防軍陸軍 第503重戦車大隊(ティーガーII重戦車大隊) - Schwere PanzerAbteilung 503 -
第503重戦車大隊(ティーガーII重戦車大隊)
- Schwere PanzerAbteilung 503 -
(フェルトヘルンハレ重戦車大隊)
陸軍直轄独立部隊

ドイツ国防軍陸軍 第503重戦車大隊
第503重戦車大隊(Schwere Panzer-Abteilung 503)は、ドイツ国防軍陸軍に存在した重戦車大隊である。他の部隊とは異なり、どこの上級部隊にも属さない陸軍直轄の独立大隊として運用された。
第503重戦車大隊は1942年5月4日に組織された。1944年4月カメネツ=ポドリスキー包囲戦後、第503重戦車大隊は45両のティーガーIIを受領し、再編が図られた。
1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦を受けて、第503重戦車大隊は第5装甲軍の麾下となった。連合軍のグッドウッド作戦では、大隊の第3中隊を中心に作戦初日で13両の戦車を失う大きな損害を被っている。7月に第3中隊は新たなティーガーIIを受領したが、そのティーガーIIも連合軍に次々撃破され、ドイツ本国に帰還したのは僅かに2両であった。9月、部隊を再編した大隊はデブレツェンの戦いに従軍し、12月にはブダペストでの防衛任務に当たった。

パンツァー・リート - Panzerlied -
パンツァー・リート - Panzerlied -
アドルフ・ホフマン(Adolf Hoffmann)作曲、クルト・ヴィーレ(Kurt Wiehle)作詞。
親衛隊歌集(ドイツ武装親衛隊 Waffen-SS 軍歌)
戦後もドイツ連邦陸軍で歌詞を一部変更しながら歌われていたが、ドイツ連邦軍の歌集に親衛隊の歌が収録されているのは問題であるという指摘がなされ、やがて歌われなくなった。
2006年、ドイツ連邦軍の参謀総長が来日した際、自衛隊の音楽隊はこの歌を歓迎会で原語の歌唱付きで演奏し遠来の賓客を驚かせた。
これ以後、陸上自衛隊音楽隊では「パンツァーリート」を演奏するようになり、第1師団の音楽隊や、東部方面音楽隊がこの曲を定期演奏会で何度か演奏した。

posted by Idol-Net21 at 17:41| 軍事/動画
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